ダンシング・ヴァニティ/筒井康隆 ― 2008/03/25
困ったのだ。一読するのは容易だったが、再読するのがなかなか難しく、時系列と変位を縦軸と横軸にとって見据え、内容を理解しなければならない。厄介な小説なのだ。
筒井さんが紡ぎだすこの小説は、確かに物語原型はあるのだが、その異化形態まで繰り返し記述され、その繰り返し部分を次の繰り返しのどこと結びつけるのかを考えなが読むと、読む我等は確実に追い詰められる。読者を追い詰めるのである。
ただ、この小説がテーマを次々に変奏してゆくジャズ的なもの、として捉えると、突然この小説の世界が心地よく、揺蕩う世界となる。テキストの悦楽だけを捕らえるのではなく、その変奏の悦楽をも我等の心の涵養となる。
「筒井康隆は終わった」などという向きもあるが、私の見方は違う。昔の自作の再生産などと言う向きもある。例えば「東海道戦争」と「歌と饒舌の戦記」の表層を捉えると、近似のものだとも言えるだろう。しかし、後者はある意味では「完成」を見たものなのだ。前者が「未完」であるが故に評価されるのであれば、後者が「完成」しているが故に貶められるのは、読者である我等の身勝手であろう。「未完」には正対することはできるが「完成」に正対するにはまだまだケツが青いのである。
ブルース・ライブ!~コンプリート版/ロバート・Jr.ロックウッド&ジ・エイシズ ― 2008/03/22
1974年11月の末、東京芝の郵便貯金ホールでは、いきなりアメリカ南部からシカゴにかけての黒人のブルースの息吹が渦巻いていた。ニューミュージックマガジン(現ミュージックマガジン)社が主催する「第一回ブルースフェスティバル」が行われたのである。
登場したのはロバート・ジュニア・ロックウッドとジ・エイシズ。さらにはスリーピー・ジョン・エスティスとハーミー・ニクソンの義理の親子のコンビだ。
スリーピー・ジョン・エスティスはその後憂歌団とのジョイント・コンサートなどにも来日していて、死の直前の幾年かは餓死寸前の極貧時代とは違って、世界を歌うために飛び回るほど忙しかったが、経済的にはようやく「食える」状態になったし、日本にも幾ばくかのファンを作った。
ロバート・ロックウッドは2006年11月21日に91歳で亡くなったのだが、その実力と深い味わいを見事に日本で披露したのは1974年のこのライブでだろう。
このコンプリート版と銘打たれたアルバムは、Disk Aがライブの翌年に発売されたLPを元にしている。当時、シカゴのデルマーク・レーベルやアーフーリー・レーベルの音を積極的にアルバム化して、当時のブルースブームの一翼を担ったトリオレコードから発売されたものだ。このアルバムは米国でもデルマーク・レーベルから発売されていた。
発売していたトリオ(現在のケンウッド)が音楽事業から手を引いて、その権利はViVidサウンドに移った。これは独立系のレーベルで、ブルース・インターアクションが作ったレーベルであるP-VINEと、黒人音楽を独自レーベルで国内発売していた草分けであるが、CD化した際に幾つかの楽曲を付け加えた。さらに、Blues Live! IIとしてジャケットの色を青くし、残った音源の中で一応使えるものを使ったアルバムも発売していた。
このコンプリート版はその「赤」ジャケットと「青」ジャケットのDisk AとDisk Bの二枚のCDに、録音状態が芳しくは無いが(随分控えめな表現だが)追加の楽曲をボーナストラックとしてDisk Cに収めた「コンプリート版」である。ボーナストラックにはスリーピー・ジョン・エスティスとハーミー・ニクソンの演奏も2曲収録されているが、この音源はトリオ・レコードが最初にこのアルバムをLPとして発売した当時、オマケのシングルレコードとして付けていた音源である。
コンプリート版とは言っても、ライブを全て網羅しているわけではない。この1974年のライブは4日間にわたり行われ、録音されたのは3日目と4日目の模様だ。私が見たのは初日のライブで、このときはロックウッドの代表曲である「Take A Little Walk With Me」も演奏していた。このアルバムにその曲が含まれていないのは、3日目と4日目には同曲を演奏しなかったためだろうと思う。
ボーナストラックの音の悪さについて言えば、「Work Song」はテープが伸びているのがハッキリわかるほどワウっていて、全体的に音は悪いが片側のチャンネルが特にヒドイ。「Caldonia」と「What'd I Say」はまだ聞くことが出来るが、それでもお世辞にも音質が良いとは言えない。完全に復元するにはデジタルリマスターに膨大な時間と費用がかかりそうである。単にマスターテープの音質劣化をそのままCDに焼き付けたわけではないだろうが、音は確実に悪い。演奏内容がDisk Bの内容よりも良さそうなので残念なところだ。
それでも4千円せずにこれらの楽曲た楽しめるのである。歴史の記録としても復刻された事が嬉しいアルバムであり、Disk Aは私のベスト・フェイバリットである。LP時代には聞きすぎて音がチリチリ言う状態になったほどだ。新しい世代のブルースファンにも、特にDisk Aだけを聞くためにもお勧めである。なにしろここ数年廃盤になっていたようで、Amazonあたりでも馬鹿高い価格設定がなされていたのだから。
Disk A
- Sweet Home Chicago
- Going Down Slow
- Worried Life Blues
- Anna Lee
- One Room Country Shack
- Stormy Monday
- Feel All Right Again
- Honky Tonk (Instrumental)
- Mean Black Spider
- Little And Low
- You Upset Me Baby
- Sweet Little Angel
- Just Like A Woman
- Juke
Disk B
- Everyday I Have The Blues
- Early In The Morning
- Guitar Inst.
- Route 66
- Strange Things Happening
- Money Marbles And Chalk
- Hide Away
- Reconsider Baby
- Harp Inst.
- New Orleans
- Hoochie Koochie Man
- Steal Away
- Got My Mojo Working
Disk C
- Work Song
- Caldonia
- What'd I Say
- Corina Corina (Sleepy John Estes & Hammie Nixon)
- When The Saints Go Marchin' In (Sleepy John Estes & Hammie Nixon)
The Classic Early Recordings in Chronological Order / Django Reinhardt ― 2007/11/07
ジャンゴ・ラインハルトがヴァイオリンのステファン・グラッペリと組み作ったフランス・ホット・クラブ5重奏団での1934年から1939年にかけての演奏をデジタルリマスターした5枚組アルバムだ。
演奏のすばらしさはもとより、このCDの特徴は、実に音質が良いことである。時はSPレコード(78回転レコード)の時代であり、特にフランスでの演奏などは、その後の戦火の中で良く残っていたものだと思うのである。SPレコードの原盤は、鉄の円盤の上にアセテートを塗り、録音時に振動を直接針でアセテート盤の上に刻みつけていくという手法だと思うのだが、そうした原盤が戦火の中で残っている事が実に興味深い。原盤が「どこにどのように保管されていたのか」については知りうる立場にはないため、どなたか御教唆いただければと思うのである。
いくつかの曲は、その昔のAMラジオで中学生の頃に聞いた記憶があるのだが、音質の悪いAMラジオだったためか、それとも元のアルバムの音が悪かったのか、このCDで聞こえる音とは別物となっている。こうしたデジタルリマスターに伴う音のダイナミズムの減衰という問題は、SP時代のように極端に大きな音が録音できない時代の作品を復刻する場合にはまったく気にならず、ノイズの低減などについて逆にきわめて有効だという事がわかった。
いずれにしても珠玉の音楽が楽しめる素晴らしアルバム。
Disk 1
- I Saw Stars (1934)
- I'm Confessin'
- Dinah
- Tiger Rag
- Oh Lady Be Good
- I Saw Stars (b)
- Lily Belle May June
- Sweet Sue, Just You
- I'm Confessin (1935)
- The Continental
- Blue Drag
- Swanee River
- The Sunshine of Your Smile
- Ultrafox
- Avalon
- Smoke Rings
- Clouds
- Believe It Beloved
- I've Found A New Baby
- St Louis Blues
- Crazy Rhythm
- The Sheik of Araby
- Chasing Shadows
- I've Had My Moments
- Some of These Days
- Djangology
Disk 2
- Honeysuckle Rose
- Sweet Georgia Brown
- Night And Day
- My Sweet
- Souvenirs
- Daphne
- Black And White
- Stompin' At Decca
- Tornerai
- If I Had You
- It Had To Be You
- Nocturne
- The Flat Foot Floogie
- The Lambeth Walk
- Why Shouldn't I
- I've Got My Love To Keep Me Warm
- Please Be Kind
- Louise
- Improvisation No. 2
- Undecided
- HCQ Strut
- Don't Worry 'Bout Me
- The Man I Love
- My Sweet (alternative, prevously unissued take)
- I've Got My Love To Keep Me Warm (alternative take)
- Improvisation No. 2 (alternative, prevously unissued take)
Disk 3
- Billets Doux
- Swing From Paris
- Them There Eyes
- Three Little Words
- Appel Direct
- Hungaria
- Hungaria
- Jeepers Creepers
- Jeepers Creepers
- Swing '39
- Japanese Sandman
- I Wonder Where My Baby Is Tonight
- I Wonder Where My Baby Is Tonight
- Tea For Two
- Tea For Two
- My Melancholy Baby
- Time On My Hands
- Twelfth Year
- Twelfth Year
- My Melancholy Baby
- Japanese Sandman
- Tea For Two
- I Wonder Where My Baby Is Tonight
- Hungaria
Disk 4
- Blue Moon
- Avalon
- What A Difference A Day Made
- Stardust
- St. Louis Blues
- Limehouse Blues
- I Got Rhythm
- I'Ve Found A New Baby
- It Was So Beautiful
- China Boy
- Moonglow
- It Don'T Mean A Thing
- I's A-Muggin'
- I Can't Give You Anything But Love
- Oriental Shuffle
- After You'Ve Gone
- Are You In The Mood
- Limehouse Blues
- Nagasaki
- Swing Guitars
- Geoprgia On My Mind
- Shine
- In The Still Of The Night
- Sweet Chorus
Disk 5
- Exactly Like You
- Charleston
- You're Driving Me Crazy
- Tears
- Solitude
- Hot Lips
- Ain't Misbehavin'
- Rose Room
- Body And Soul
- When Day Is Done
- Runnin' Wild
- Chicago
- Liebestraum No. 3
- Miss Annabelle Lee
- A Little Love, A Little Kiss
- Mystery Pacific
- In A Sentimental Mood
- The Sheik Of Araby
- Improvisation
- Parfum
- Alabamy Bound
- Rosetta
- Stardust
- The Object Of My Affection
プレス・オン/デヴィッド・T・ウオーカー ― 2007/08/01
すでに発売から30年を経ているのだが、未だに古さを感じさせないアルバムだ。R'&Bからジャズに至る要素をすべて包含していて、しかも色香が漂うギタープレイである。
デヴィッド・T・ウオーカーの文字通り最高傑作と言える。
彼自身は吉田美和(ドリカム)のソロ活動の際、そのギタリストとして参加してもいるし、クルセダースの有力ギタリスト候補としても取り上げられた(結局ラリー・カールトンになったのだが)。
いわゆるフュージョン系のサウンドだが、根っからのジャズ系の人達によるフュージョンとは違い、R&Bの色香が強く漂う。このあたりはコーネル・デュプリーと共通するのだが、コーネルの鋭角なギターとは対象的に、デヴィッドの演奏はメロウである。
コーネル・デュプリーの演奏がクラレンス・ゲイトマウス・ブラウンのような鋭角な突き刺す鋭さを内包するスタイルを手本としているのとは対照的に、デヴィッド・T・ウオーカーの醸し出す音の姿はセクシーだ。
ギター演奏の技術は確かだが、単にテクニックという点、指の早さという点では、実は彼以上のギタリストは多分山のようにいる。でも、微妙なタイミングや音色などに、確固たる彼自身が見えるのが素晴らしい。
とにかく30年も前に、これほどの完成度が高く、しかも「ほら俺上手いでしょ」というような押しつけがましさがないアルバムは希有であり、フュージョン系のギター音楽としては、コーネル・デュプリーの「ティージン」と双璧となる。正直言えば、私個人はコーネルとデヴィッドを聞いた後だと、ラリー・カールトンもリー・リトナーも聞く気すらしないのだ。
- I Got Work To Do
- Brother,Brother
- Press On
- Didn't I Blow Your Mind This Time
- With A Little Help From My Friends
- Superstition
- I Who Have Nothing
- If That's The Way You Feel
- Save Your Love For Me
- If You Let Me
巨船べラス・レトラス ― 2007/04/20
筒井康隆さんの問題作である。何が問題かと言えば、現代日本の文学の問題、いや文壇というものの問題なのか。
メタ世界に存在する巨船べラス・レトラスに乗り込むのは、多くは文学者であり、現実世界でのべラス・レトラスは先進性と実験性こそを強く奉じる雑誌である。しかし、現実には先進性や実験性が強ければ強いほど、商業誌としての命脈は尽きようとしてしまう。しかも、作品を掲載している作家自身が、過剰な実験性や先進性を求められるが故に疲弊し、作品が空転してしまう。それが商業誌としての売り上げを更に押し下げてしまう。
雑誌「べラス・レトラス」を主催するのは文学好きのIT企業家ということになっている。多分、記されている見かけの姿は違うが、筒井さんが断筆中に「断筆祭り」という催しがあったわけだが、そのスポンサーとなったあの人がモデルだろうと思う。筒井さんに会社の出版部門を譲ろうともしたと聞く。根っからのツツイストである。
この作品に記載されている、やや露悪的とも思える部分も、実は日本文壇に対する真摯なオマージュと読めるのである。
愛情がなければ悪罵も起きぬ。ただ無視するだけである。
ちなみに、吾妻ひでおの「うつうつひでお日記」にも、この作品が登場する。雑誌文学界に連載されていた当時から読んでいたとも記されている。
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